医学生3(青木の淳ちゃん)

2017.9/22

山形は七日町、青木の淳を御存知か。

二十年程前の雨の夜だったという。うまい煮込みをこしらえる元極道の爺様の店の前で一人の流し(夜、ギターを抱え、唄はいかがですか、とスナックなどをたずねてまわり、酔客からお金を頂く職業)がぶっ倒れた。
持っている物といえばすこぶる年季の入ったギターが一本である。
これが縁でこの男、次の日からこの爺様の店の二階に居候することになる。

自らを青木の淳ちゃんと名乗りニコッと笑う。
五十半ばをとっくに越したとは聞いているが、えらく年をくっているようにも見えるし、また、若い頃からこのような雰囲気を漂わせていたんじゃないか、とも感じる。

私が遅い時間にこの店のカウンターに座っていると、流しの仕事を終え爺様の店に帰ってきた淳ちゃんはすっと横に座り空いた器を下げてくれたり、灰皿を取り替えてくれたり、七味は足りているかといろいろ気を遣ってくれた。

会う度に淳ちゃんのやさしさをぐっと感じていたが、それをそのまま甘受し難い怖さのようなものも同時に覚えていた。
こういった界隈で永く生きている多くの男たちや女たちと同様、淳ちゃんも二律背反するものをひどくアンバランスにからみあわせていた(当時、学生だった私には、少なくとも、そう感じられた)。
人なつっこい笑顔と孤独な横顔、ユーモアたっぷりな会話の中にしばし見られる陰気さ。

こちらが得ようとしても決して得られないだろう大事なものを彼は所有しており、誰しもが容易く獲得しているものを当然のように喪失していた。
それが彼を魅力的に感じさせ、また近寄り難くさせている原因の根底でもあった。

一度だけ昼間、淳ちゃんと会ったことがあった。
図書館の視聴覚コーナーで淳ちゃんは足を机の上に投げ出し、頭にタオルを巻いてクラシックを聴いていた。
毎夜、どこかの酒場で演歌を歌っている淳ちゃんが静かに眼を閉じクラシックを聴いている姿はどこかアンバランスで滑稽であった。だけれども一方でナルホドナ、と納得させられる何かもあった。小さな声で「淳ちゃん」と呼びかけると淳ちゃんは薄く眼を開き優しく笑った。

淳ちゃんと最後に会って何年が経ったのだろうか。

独りで飲みたい夜もあるし、誰とも口をききたくない瞬間もたしかにある。しかしこういった酒場での出会いは幸せなことだと私は思う。


島地勝彦は言った。「バーのカウンターは人生の勉強机である」


監督 池谷龍一

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