共喰い

2019.8/3

左手の小指が欠損している紳士はニコッと笑いながら、クーラーボックスを開けた。
氷が敷き詰められ、その上に薄く血がにじんだ灰白色の肉片が並ぶ。
ビニール袋に入った、おろしニンニク、紅葉おろし、ポン酢も用意されていた。

仔牛の睾丸。

どうぞ、と紳士が言った。いただきます、と口に運んだ。
あまり歯ごたえはなく、柔らかい。
肉でもないし、魚でもない。
また、鱈の白子やフォアグラとも違う。
牡蛎のような食感だ。味は極めて淡泊。

“去勢不安”という言葉が、頭を過ぎる。
下腹部に薄ら寒さを感じながら、灰白色の肉片を咀嚼する。

いささか倒錯的なやり方で、エディプス・コンプレックスを飲みこんだ。


(小咄を…。)
スペインのマドリッド。とあるレストラン。
出された料理に感動した客が、これはいったい何かとシェフに聞いた。

「今日、闘牛場で殺されたばかりの、牛の睾丸でございます」。

翌日の夕方、この客、またそれが食べたくなった。同じレストランへ。

昨日より、ずいぶん小さい。

シェフが答えた。


「かならずしも牛ばかりが負けるとは限りません…」


監督 池谷 龍一




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