無用の用(医学生5)

2017.10/2

雑居ビルの五階にある某雀荘。
Fは押し黙りながら、強い牌を切り出した。
対面のリーチ者が静かに手牌を倒すのとFの眼が険しくなるのは同時だった。

「アウト!」

Fは苦笑いしながら受付の方を見た。
ここでいうアウトとは麻雀の負け分を店から借りて支払うことで、酒場でのツケと同じである。
ここのところ負けが込んでいるのか、Fは周囲から“アウトボーイ”と呼ばれていた。

さぁ、気を取り直して、といった表情でFは再び卓に着く。

Fの背後でソファーにだらしなく座り、気だるい顔でコーヒーを飲んでいる男がいた。
Fのことを仕方が無い奴だ、と思いつつも、自分自身を顧みれば、決して彼を笑うことができないこの男、つまり、それが私だったのである。

今こうして学生生活を振り返ってみると、こんな感じでなんともくだらないことばかりに随分と時間を割いてきたな、とつくづく思う。
もっとも、そんな酔いどれで遊び呆けていた日々は楽しかったし、いろいろな人間と話をしたり、一緒に過ごすことができたのは悪い経験ではなかった気もする。

いや、むしろくだらなければくだらない程、なんともいえない味があった。
なんとか大学を卒業し、一応は働いているわけではあるが、そんなくだらない日々にどこかまだ片足を突っ込んでいて、ふとした拍子に、たやすくずっぷりと首まで浸かってしまいそうな自分がいる。


監督 池谷 龍一

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