指が覚えてる

2019.9/12

右手中指の先、ほんの小さな傷が、感染部位だったらしい。
指は、赤く腫れ上がり、熱を帯びた。

仕事中、ペンを持つのもだるくなる。集中力も落ちる。

蜂窩織炎。

頭もボーッとしてきた。スタッフに頼んで、抗生剤を注射(う)ってもらう。
鎮痛剤を、柿ピーでもつまむように、飲み続ける。

休憩時間、ソファで眼を閉じると、奇妙な記憶がよみがえってきた。


冬の夜。代行車を待つために入ったバー。
とうに七十は過ぎただろうママさんがカウンターに立っている。
隣の席には酩酊状態の爺様。
デイサービスに迷いこんでしまったような感覚に陥った。

カラオケが流れた。「小指の思い出」。

男性に噛まれた小指の痛みを感じながら、女性が一夜の情事を思いだす、ちょっぴり切ない歌だ。

突然、カウンターの婆様ママが叫んだ。


「小指じゃなくて、乳首、噛め!」


やはり、人生の大先輩がおっしゃることには耳を傾けるべきだ。真理がある。


―どうやら、せん妄も合併していたらしい。明日も抗生剤を注射(う)とう。


監督 池谷 龍一


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