草取譚

2019.3/30

今年の夏、今は亡き岳父の実家で行った「草取り」は一生忘れない。
通常、つんつん生えた雑草を引っこ抜き、年に数回、除草剤を散布する程度のお手伝いなのだが、今年は様相が違った。

6月からの猛暑によって雑草の背丈と量が増えただけならそれ程驚かないが、ふと目を横にそらすと、砂利敷きの駐車場の隅に、これまで見たことのない緑のモンスターが聳え立っていることに気が付いた。

はて、そこには背丈が2メートル程のキンモクセイが植えてあるはずなのだが、どう見てもキンモクセイには見えない。
近づくと、手掌大の緑色の葉が、キンモクセイの樹木全体を覆い尽くすように広がっている。
マメ科に属する蔓(つる)草である。

複数の植物が同じ地面に生息する場合、太陽光の分捕り合戦が起こる。
樹木が太陽光の獲得に有利な上部空間を占有し、背の低い植物は、そこを通り抜けるわずかな光だけで生活することになる。
背丈を高くするには、体を支える組織構造に多くのエネルギーを投資し、時間をかけて樹木の形を取らなければならない。
これに対してつる草は、もの凄い成長速度であらゆる方向につる状の枝を伸ばし、葉を広げる。
そして、二次元平面を占有するだけでなく、背の高くなる樹木の枝に巻き付いて、それを支えにして高く伸び、その表面に覆い被さるように、太陽光の三次元空間を奪い取ってしまうのである。
つる草は、独立独歩のため自らの剛性強化に投資するエネルギーを少なくし、その驚異的な成長速度と、巻きひげや鉤などの他者依存性構造の強化を生存戦略としているのだ。

これは大変と、つる草を除去すべく、緑のモンスターの中に分け入ると、恐ろしい光景が浮かび上がってきた。
その内臓空間で、つる草の巻き枝は、キンモクセイの樹木を螺旋状に羽交い締めにし、その一部をへし折っていたのだ。
まるでキンモクセイのうめき声が聞こえてくるようだった。
これは癌細胞が急激に増殖し、正常組織を破壊しながら、その栄養源を簒奪する光景そのものだ、と直感が走った。
キンモクセイに申し訳ない気持ちになり、急ぎ、つる草の太い根幹数本を探り当て、ハサミで切断した。

植物は基本的に光合成によって栄養を得るため、太陽光の獲得が生存の必須条件となる。
光合成は、水と空気中の二酸化炭素から、太陽エネルギーを用いて窒素を固定し、グルコースと酸素を生成する反応である。
グルコースは、デンプンの形で貯蔵されると同時に、エネルギー産生のみならず、植物自身の生体材料を作り出す炭素源になる。
動物細胞は、このグルコースと酸素を材料に、ミトコンドリア呼吸回路を介してATPを産生し、その結果、水と二酸化炭素を生じさせる。
これはまさに、植物の光合成と真逆の反応である。

ひと月後、つる草の巻き枝は骸骨と化し、樹木の表面はキンモクセイの葉が三次元空間を奪回し、オレンジ色の花を咲かせ始めていた。

植物と動物細胞の生存戦略やエネルギー代謝、そして共生関係に思考を巡らせながら、草取り侮るべからず、と反省しきりの一年であった。


部長 後藤 薫
(平成31年『こまくさ』より転載)

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